ビールと本と旅とおもしろいこと。

富江弘幸(ビアライター)

初めてビール関連の取材をした清里のROCKに思う

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ロックな生き方に憧れる私です。

 

大手ビール以外で初めて飲んだビールは、よなよなエールです。その当時は「大手以外で初めて飲むビールだな、これは」なんて思ったりはしませんでしたが、なぜか覚えているんですよね。

 

自宅のグラスに注いで、「確かにちょっと違うなあ」と思ったようなことも、おぼろげながら覚えています。不思議なもんです。

 

これについては、著書『教養としてのビール』に少しだけ書いていますので、もしよろしければ拙書をご覧ください。

教養としてのビール 知的遊戯として楽しむためのガイドブック (サイエンス・アイ新書)

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そして、初めてのビール関連取材もなぜか覚えているんです(もちろんその当時も「これが初めてのビール関連取材だ」とは思っていません)。なぜなんでしょうか。

 

そのビール関連取材は、山梨県の清里にあるROCKでした。

 

集英社の女性誌『LEE』のWebサイトでROCKが取り上げられており、少し思うことがあったもので、ROCKと清里について書いてみたいと思います。

lee.hpplus.jp

 

取材の魅力は取材費で食べるおいしいもの

自分が取材したのは2001年か2002年のことだったかと思います。2000年から編集者として仕事をしていて、ある程度自分で仕事ができるようになっていた時期だったと思うので、おそらくそれくらいかと。何月かは覚えていませんが、寒くはない季節だったと思います。

 

媒体は、100円ショップで販売されるガイドブック。観光地ごとに1冊32ページくらいで販売されているもので、自分が一生懸命取材して作った本が100円で売られるのか……という葛藤もありましたが、会社としてはかなりまとまった金額が入ってくる仕事でもありました。

 

とはいえ、取材に行けるのであれば、それはそれで楽しいもの。

 

カメラマンさんが運転する車で清里まで行き、取材先のペンションで1泊。翌日は取材後にぶらぶらして電車で帰るという行程でした。

 

レストラン取材もあり、ペンション取材もあり、つまりはおいしいものを取材費で食べてぶらぶらして帰ってくる。これを最高と言わずして何と言う(その後はもちろん原稿を書かないといけないのですが)。

 

そのレストラン取材のひとつが、Rockだったのです。

 

閑散としている清里でROCK取材

その頃は、今から考えれば地ビールブームがもう終わっていた頃でした。といっても、よなよなエールはすでに飲んだことがあったものの、地ビール自体にはそこまで興味もなく、ROCKは他と同じ取材先のひとつにすぎませんでした。

 

清里は、1970年代から80年代にかけて、アンノン族と呼ばれる人たちで賑わいました。女性誌の「anan」や「non-no」で観光地がいろいろと紹介されたんですが、その雑誌を片手に観光地を訪れた人たちがアンノン族です。

 

当時はすごいことになっていたようですが、自分が取材した2000年頃には清里人気も下火になっていました。シャッター街というほどまでにはなっていませんでしたが、取材したのが平日だったこともあり、「あまり人がいないなあ」という印象だったのを覚えています。

 

そういう状況から清里人気を復活させようと、地元の人たちがいろいろと策を練っていたようです。そのひとつが、ガイドブックへの掲載でした。自分が清里取材に行ったのも、清里からのアプローチがあったから。

 

ROCKも空いていました。

 

そこでビールを3種と料理を撮影したのですが、覚えているのはアルトを飲んだということくらい。ROCKはカレーが有名だというものの、食べたような覚えがなく……。ガイドブック取材だし、食べているんでしょうけど……。

 

覚えているのもそれくらいのものです。ビールライターをやっているいまとなっては、「しっかり覚えとけ!」と過去の自分に言いたいくらい。

 

その取材以来、ROCKはおろか清里にも行っていません。

 

その間、ROCKで醸造しているタッチダウンビールは、ワールドビアアワードで世界一になるなど、着実に進化してきているようです。執筆のためにビールを取り寄せて飲んではいるんですが、またROCKに行ってしっかり飲んでみたいものです。

 

2016年、ROCKの火事に思う

ですが、そのROCKは、2016年8月8日に火事で全焼してしまいます。取材にあたって清里の歴史・経緯を調べて、清里の人たちにも話を聞いたりしたので、取材以来訪れていなくても、なんとなく気になる地域ではありました。

 

清里の中心的な存在であるROCKが火事になったというのは、自分としてもショックだったので、地元の人たちの心境はどれほどのものかと。

 

そんななかでも、2017年に再建し、現在でもしっかり営業されているようなので、いまのところは安心しているのですが、そう思っているといつまでも行かなくなってしまいそうな気もしています(行きましょう)。

 

時代に翻弄されながらも……

さて、ROCKについて思うことは、「火事になって残念」「再建してよかった」ということだけではありません。何か時代に翻弄されているところがあるように思うのです。

 

ROCKのWebサイトによると、1974年頃は、

ドライブインとして、トラック運転手さんの憩いの場となり、カレーが名物料理となります!

とあります。1930年代にポール・ラッシュ博士による開拓が始まり、この頃までに清里の原型のようなものができたのではないかと想像します。

 

1970〜80年代は、上述したようにアンノン族が中心でした。若い女性をターゲットとした媒体で、実際に訪れる人たちは女性でした。それもグループではなく一人旅で。

 

そして、90年代に入ってバブル崩壊とともに清里のブームも終わりました。この時期(1997年)にROCKでビールを造りはじめるようになります。しかし、ROCKのWebサイトを見ても、ここから2015年の「『プレミアムロック・ボック』IBCインターナショナルビアカップ世界金賞」の項目まで何も記載がありません。

 

実際、自分が取材に行った2000年頃には地ビールブームも終わっていたので、ROCKも大変だったのではないでしょうか。そんな状況でもしっかり経営して、2015年と2016年にビールで賞を受賞するようになったというのは称賛すべきことのように思います。

 

で、冒頭で紹介したLEEのWeb記事です。

 

これはブロガーによるものなので、LEEが誌面で取り上げたものではないように思いますが、また女性にリーチできるようになったんだな、と。

 

今度は「クラフトビールとカレー」です。検索してみるとわかるのですが、ROCKのWebサイトも「八ヶ岳 清里萌木の村ROCK カレー&クラフトビール」としています。

f:id:hiroyukitomieme:20190902225449p:plain

 

地ビールブームが終わって、いまはクラフトビールという言葉で認知されてきています。LEEの記事はたまたまブロガーさんが清里に行っただけなのかもしれませんが、クラフトビールという言葉で紹介されているのは、自分に「時代がまた変わったんだなあ」と思わせるに十分でした。

 

そしてなんと、ROCKがオウンドメディアを運営していることにいま気づきました!

rockmagazine.jp

 

そうやって時代の流れに翻弄されつつも(翻弄という言い方は適切ではないかもしれませんがあえて翻弄で)、その根っこの部分ではしっかりとした考えをもって経営しているので、ROCKはここまで続いているんじゃないかと思った次第です。

 

ここまで書いたことは清里の誰かに取材したわけでもなく、一方的に自分が感じていることです。個人の感情です。なので、清里の人たちが感じていることとは違うかもしれません。

 

また清里に行ってみたいなと思い、取材したあのペンションはまだあるだろうか……と検索してみる静かな夜を過ごしています。

 

私からは以上です。本日はありがとうございました。

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